50代で求められる人になる 驢馬家ストーリー

居場所【第3回】明暗

全3回で居場所についてのストーリーをお届けしています。今回は第3回の最終回です。これまでのお話は第1回第2回からお読みください。

登場人物

折賀斉衡(おれがさいこう):60代男性。「ほっこり弁当」でアルバイトとして働いている。以前は高慢な性格だったが、「ほっこり弁当」の人たちの影響で変わった。行楽弁当やおせち料理などにオリジナルメニューを提案するなど、主戦力になっている。

驢馬ゆみ(ろばゆみ):東銀座で小さい弁当店「ほっこり弁当」を営んでいる。夫と死別し、女手ひとつで一人娘を育てた。比屈と折賀の2人をアルバイトとして採用し、早朝の仕込みを手伝ってもらっている。2人のおかげで繁盛してきたので2号店出店も検討している。

比屈菜乃(ひくつなの):60代女性。夫と死別し、東銀座の小さい弁当店「ほっこり弁当」でアルバイト勤め。以前は卑屈な性格だったが、ポジティブに変わった。

驢馬ミミ(ろばみみ):ゆみの一人娘。派遣社員として印刷会社の科割社で働いている。たまに「ほっこり弁当」に顔を出すことがある。

紺須田男(こんすたお):折賀が昔勤めていた会社の元部下。会社を退社したときからずっと折賀のことを恨んでいる。いつもスイスの高級時計(ヴァシュロン&コンスタンタン)を身につけている。

佐藤えみりこ:紺須田男の元彼女。20代前半。同棲していた紺に脅され、折賀をロマンス詐欺のターゲットにしようとしていたが、途中で改心した。今は紺とは別れている。

折賀がついに退院し、「ほっこり弁当」は再び活気を取り戻した。えみりこは折賀の復帰と入れ違いでアルバイトを辞めたのだが、その最終出勤日の早朝に思いがけないことが起こった。

えみりこファンの客が、早朝出勤するえみりこを待っているときに、再度嫌がらせに現れた紺須田男にたまたま出くわし、スプレーでシャッターにいたずら描きをしているところを取り押さえたのだ。

「え……なんで?」
後から事情を聞いたえみりこは困惑したという。もちろん紺を現行犯で捕まえてくれたのはありがたいのだが、「早朝出勤する自分を店で待ち構えている客」というのもなかなかに気持ち悪かった。ただ、その客の証言と紺の部屋から発見された、折賀の写真や使いかけのスプレーなどが決め手となり、紺は逮捕されたのだった。

紺は警察の取り調べで、「折賀の部下として働いていた会社を短期間で辞めた後、転職を繰り返し、誰からも求められない人間となった。もう犯罪に手を染めるしかなかった。自分の人生を台無しにしたきっかけを作った折賀の人生を無茶苦茶にしてやりたかった」と自供したということだった。「折賀がそば屋を潰したのを見て『ざまあみろ』と思っていたのに、弁当屋でまたいきいき働き始めたのが許せなかった」とも言ったという。

「もちろん奴のやったことは逆恨みでしかなく、自分も迷惑はしていたんですが」折賀は、休憩室でお茶を飲みながら、ゆみに言う。
「でも憎みきれないというか、もう少しなんとかしてやれなかったかと後悔する気持ちもあるんです」
「相談に来たのを無碍にあしらっちゃったとか?」
「いや、あいつは内にこもるタイプで、なかなか心を開いてはくれなかったんです。こんなに恨まれているとはまったく知りませんでした」
「それじゃあどうしようもなかったですね」と比屈。「折賀さんは優しいから、『何かできたかも』と思ってしまうのかもしれませんが、本人がSOSを出さないかぎり、他の人間はどうしようもできないわけで」
「でもポテンシャルはある奴だと思うんです。改心して、人から求められるという経験を積めれば、変われるんじゃないかと」
「本人次第ではあるよね。自分の欲をまず満たそうとするんじゃなくて、人から求められる人間に変われるかどうか」とゆみ。
「いや、自分も一時期腐っていたので、奴のこと、他人事に思えないのかもしれないです。こちらで拾ってもらってなかったら本当にどうなっていたかとぞっとします。態度も悪かったのに気長に育ててもらって」
「いや、折賀さん、態度悪いと正直思っていたけど、最初から戦力になってたから」と言うゆみに、
「そうです。すごい偉そうだったけど、それでも丁寧にいろいろ教えてくれましたし」
比屈も同意する。
折賀は、
「それって褒めてます?けなしてます?」
と複雑な表情をしながらも、「ありがとうございます、これからもよろしくお願いします」とふたりに頭を下げた。

*        *        *


折賀が復帰して2週間後、ついに「ほっこり弁当」2号店がオープンした。店長の折賀は、店頭で道行く人々にチラシを配る。チラシは比屈がデザインしたものだ。2号店では、ゆみが長年大切にしてきた、毎日飽きずに食べられる手づくり感のある弁当に加え、オリジナルの惣菜や高価格帯の弁当にも力を入れていく。
 開店セールが功を奏し、初日の売り上げは上々だった。
 まずは第1段階はクリアできた。だが、これからが正念場だ、と折賀は思った。そば屋の失敗はもう繰り返さない。信頼を寄せてくれるゆみや比屈のためにもがんばると改めて心に誓う。
 そして、万が一紺が改心して、地道にやり直すと言ってくれるのなら、この店で一緒に働くことはできないか、とも折賀は考えていた。ゆみにはまだ話していないので、反対されるかもしれないが。居場所を作ってもらった自分が、今度は他の誰かの居場所を作ることを考えると、気分が良くなった。甘いと言われるかもしれないし、紺は実はまったく改心などしておらず、また攻撃を食らうかもしれないけれども。

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