50代の自己肯定感 驢馬家ストーリー

自分を認めるとは【第2回】変化の第一歩

全3回で自己肯定感についてのストーリーをお届けしています。今回は2回目です。第1回はこちら

登場人物

驢馬ゆみ(ろばゆみ):東銀座で小さい弁当店「ほっこり弁当」を営んでいる。夫と死別し、女手ひとつで一人娘を育てた。
比屈菜乃(ひくつなの):60代女性。若い頃は明るい性格だったが、結婚後専業主婦となり、夫が高圧的だったため、自己肯定感が下がり卑屈な性格になってしまった。自分が悪くないときにでもすぐ「すみません」と謝ってしまう。夫と死別し、今回40年ぶりに働くことになった。
折賀斉衡(おれがさいこう):60代男性。長く一流企業で働いてきたことが自慢。実は長年勤めても出世できなかったが、そのことを他人には秘密にしている。自分に自信がありすぎて、一流企業を定年退職した後、退職金をすべて使い果たし、未経験でそば屋を出店したが失敗した。その際妻からも離婚されてしまって、狭く古いアパートで一人暮らし。お金がないのでアルバイトの仕事を必要としている。頭が硬く、すぐに大声を出してキレる。
驢馬ミミ(ろばみみ):ゆみの一人娘。派遣社員として「ほっこり弁当」の近くにある印刷会社の科割社で働いている。

ミミが提案したアイデアとは、比屈と折賀の許可をもらい、お互いの仕事ぶりを録画し、それを観て相手の良いところをほめてもらうことだった。最初のうちは、二人ともゆみの提案に戸惑っていた。シフトがかぶっていないので二人は直接対面したことはない。そんな相手を動画越しに見て急にほめろと言われても難しいと感じたらしい。

 特に折賀は「他人をほめるなんてありえない(なぜなら自分が最高だから)」という態度だったが、「比屈さんが折賀さんのこういうところほめてましたよ」とゆみが根気良く伝えると、「おっ。そうかい。見る目あるじゃねえか」といい気持ちになってきたらしく、徐々に比屈のことを認め始めた。

比屈は、折賀の手際のよい仕事ぶりに気づいてほめた。
「折賀さん、野菜を切るのが早いし、切り口も綺麗に揃っている。本当にうまいわ。私も見習わないといけませんね」
 実は比屈はあまりに卑屈すぎて自分の意見を口に出すことさえ難しかったのだが、こちらもゆみが根気強く促したことでおずおずとだがほめ言葉を口にするようになってきたのだった。

一方、折賀は、比屈の几帳面でブレることのない働きぶりを認めるようになった。
「比屈っていうの?この人、安定感あるよな。こういう人ひとりいたら店はありがたいよね。まあ俺は安定感も手際良さも両方あるけどね」
と自分をアゲつつも比屈の良いところに注目する。ゆみからの「お店を働きやすくするために折賀さんの建設的な意見が欲しいんです」という働きかけが功を奏したようだった。

この試みを始めてから、比屈の卑屈さや折賀の高慢さがだんだんやわらいできたようだ。ゆみも上手にほめ言葉をはさみながら注意をするようにしたせいか、二人ともゆみの言葉に耳を傾けるようになってきた。ゆみは、二人の変化を見守りながら、自己肯定感の重要性について考えさせられていた。

ゆみはミミとの食事中に、
「自己肯定感って高すぎても低すぎてもだめで、バランスが大事なんだ。でもどんなに卑屈でも高慢でも、他人からの言葉で変わることがあるんだね」
と言った。ミミはお茶をずずっとすすって、
「でしょー?」
と得意げに言う。
「提案ありがとね、助かってる」
「まだまだですぜ、旦那。まだあるんですぜ、提案」
「旦那ってなんなのよ。で提案って?」
「ほら、年に1回のあれですぜ、旦那」
「旦那はやめなさいよ。あれってあれ?」
「そう、あれ」
「年に1回のファミリーデーね」

近隣の印刷会社が合同で4月の週末に実施するファミリーデー。従業員の家族を会社に招いてオフィスや工場を見学してもらうもので、近くの公園の桜も観られるとあって、人気のイベントになっている。

 「ほっこり弁当」はその際の仕出し弁当をまかされており、ゆみは例年、ミミに手伝ってもらって2人で時間をかけて大人数の弁当を作っていた。今年は比屈と折賀も特別に出勤してもらい、4人体制で臨む。比屈と折賀が初めて直接対面して一緒に働くことになる。その場でミミはなにか仕掛けを考えているようだ。

 だが当日早朝、「ほっこり弁当」はその名に似合わない殺伐とした雰囲気に包まれた。ゆみの指示に折賀がいちいちつっかかり、作業が進まないのだ。ミミがつい横から、
「今日だけのことなんで、割り切ってこちらの指示通りに黙ってやってもらえませんか?」
と言ってしまうと、
「なんだその口の利き方は!目上を敬うということを知らんのか!納得できんものはできんと言って何が悪い!」
と怒り出す。ゆみが4人体制にしたことを後悔しはじめたとき、黙々と作業していた比屈が、
「折賀さん、人参の切り方なんですが、いつもと違うちょっと華やかな感じにするにはどうしたらいいですかね?時間もないですし、手早くできて見た目も良くするのってできませんか?折賀さんなら良いアイデアお持ちかと思って」
と話しかけた。怒っていた折賀も、急に何の話かと比屈の方を見る。比屈はにっこり笑って、
「いつもは型抜き使うだけでしょ?でもあと一手間加えられないかなって」
と尋ねる。
「あ、ああ。型を抜いたあとに切り込み入れると見栄えよくなるから……」
「それいいですね。ぜひご指導お願いします!」
「指導」という言葉に自尊心がくすぐられたのか、折賀の表情がゆるみ、「どれどれ」と包丁を持って飾り切りを始める。
 比屈は折賀に気づかれないよう、ゆみとミミの方を見てウインクした。折賀とのやりとりでストップしていた作業を再開できて、ゆみはほっとした。


 その後は折賀が特に騒ぐこともなかったので、滞りなく弁当作りができた。ゆみとミミはできあがった弁当をバンに積んで配達に向かう。ミミは道すがら、
「戻ったら決行しよ!」
とゆみに明るく言った。

第3回

-50代の自己肯定感, 驢馬家ストーリー