今回より全3回で居場所についてのストーリーをお届けします。

東銀座の小さな弁当店「ほっこり弁当」。アルバイトの折賀斉衡(おれがさいこう)と比屈菜乃(ひくつなの)は、その日、営業終了後にも店に残っていた。店長の驢馬ゆみ(ろばゆみ)から少しだけ時間がほしいと言われていたからだ。
ゆみはこほん、と咳払いをして2人の前に立ち、
「かねてから検討していた2号店を出店することを決めました。折賀さんに2号店の店長をお願いすることにします」
と高らかに宣言した。
折賀は実はゆみから数日前に打診を受けており、すでに新店長となることを承諾していた。が、改まって言われると、またじわじわと喜びが湧いてくる。
比屈も、「とうとうですね。折賀さん、おめでとうございます!」と大きな拍手をした。
折賀は、自分が以前は大企業勤めなのを鼻に掛けた嫌な奴だったこと、退職後に自信満々で始めたそば店を潰してからさらに嫌な性格になったことを改めて思い出した。「ほっこり弁当」にアルバイトとして入社してからも、しばらくは態度の悪さが全開だったが、ゆみや比屈、たまに店に顔を出すゆみの娘のミミなどの働きかけもあり、だんだん性格が変わってきた。
何より実力を正当に認められ、自分の工夫やアイデアが活かせる仕事を任されるようになってから仕事がすごく楽しくなった。今では行楽弁当やおせち料理、オードブルなど、店の売り上げをアップさせるような提案が次々と受け入れられて、やりがいを感じている。さらにそれが認められての店長就任だ。大企業という後ろ盾がなくても、60代になっても、自分の力でやっていけるということを実感して本当にうれしかった。
「本当にありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」と折賀は答えた。
* * *
その夜、折賀はひとりで居酒屋に入り、ささやかながら祝杯を上げた。ほろ酔いの良い気分で歩いて家路につく。しかし、自宅のアパート前まで来たところで、突然、後ろから強い衝撃を受けた。折賀は意識を失い、そのまま倒れ込んだ。
翌朝、いつまで経っても折賀が出勤しないことを不審に思ったゆみが折賀のアパートを訪ねた。大家に尋ねてわかったのは、その日の早朝、アパートの前で倒れていた折賀を大家が発見し、救急車を呼んだということだった。ゆみは、比屈やミミと一緒に病院に駆けつける。医者は、
「昨晩、頭部に強い衝撃を受けたようです。幸い命に別状はありませんが、しばらく安静にしていただく必要があります」
と言った。
病室にいる折賀は意識を取り戻していたが、包帯姿が痛々しく、顔色も優れなかった。
「申し訳ありません。こんなことになるとは……」
と折賀は言葉少なに言った。
ゆみは、
「無理はしないで。まずはゆっくり休んでね」と励ました。
ゆみの娘のミミは、
「じじい、自分で滑って転んだわけじゃないのよね?誰にやられたの?心当たりある?」と尋ねる。折賀は、
「紺須田男(こんすたお)だろうな。他に心当たりはないし」
と言葉少なく答えた。ミミと折賀は日頃は「小娘」、「じじい」とじゃれ合う仲だが、折賀は意気消沈しているようで、いつもの「誰がじじいだ!」という軽口は出なかった。
「あのスイス高級時計男?折賀さんの昔の部下の?姿を見たんですか?」と比屈は尋ねる。
紺は、以前自分の付き合っている女性を操り、折賀から大金を奪おうとした男で、スイス高級時計をいつも身につけている。ゆみ・ミミ・比屈の3人も松濤のカフェでその顔を目撃していた(前回のお話参照)。
「いや後ろから殴られてすぐ意識を失ったんで、見てないんだ」
「でも明らかに障害事件だから、警察に届け出た方が良いよね」とミミ。
「そうなんだが……」
折賀はなぜか警察への届け出にあまり積極的ではなさそうだった。
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