変われる自分になる 驢馬家ストーリー

変われない会社が変わった日【第2回】変化への抵抗

全3回で変われない会社、科割社(かわれしゃ)のストーリーをお届けしています。今回は2回目です。第1回はこちら

登場人物

驢馬ミミ(ろばみみ):科割社に新しく派遣されてきた派遣社員。
科割内蔵(かわれないぞう):零細企業の社長。人生のモットー:現状維持。変わりたくない。昔父親が新規事業参入で大赤字を背負ったのを見たのがトラウマになっている。
出杭打代(でるくいうつよ):科割社の古参社員。変わりたくない。これまで新しい提案をしてきた社員をいびって何人も辞めさせてきた。50代後半でもう転職も難しいと考えており、可能な限り科割社で長く勤めたいと思っている。自分の居場所がなくならないように、新しい提案をつぶしている。
驢馬ゆみ(ろばゆみ):ミミの母親。夫と死別し、女手ひとつでミミを育てた。科割社の近くで弁当屋を営んでいる。

科割社の事務室に今緊張が走っている。
古参社員の打代が新入り派遣社員のミミをいきなり怒鳴りつけたのだ。
他の社員たちは内心思った。
(またか……)
(始まったよ、お局様のいびりが)
科割社では同じようなことが何度も繰り返されてきた。打代は長年勤めているだけあって会社のことはすみずみまで把握している、科割社にとってなくてはならない社員だ。他の社員との仲も決して悪くはない。ただ新入りに対してだけはおそろしく厳しい。

若かったころにはそうでもなかったらしいのだが、最近とみに厳しさを増しているようだ。社長も「不慣れな新人に厳しく当たらないように」と打代をなだめたことがある。だが打代は「うちのやり方を覚えていただかなくてはなりませんので」と言うだけで、態度を一切変えなかった。

打代の権幕に、周囲の社員は予感した。今回の新人もきっとそのうち出社してこなくなる。
だがミミは一味違っていた。

「ご指摘ありがとうございます」
ミミがエクセルのフォーマットを変更したことについて怒鳴りつけてきた打代に対し、まっすぐその目を見て答える。打代も、ミミの反応はせいぜい泣くか謝るかくらいだと想像していたらしく、まさかの反応に一瞬たじろいだ。ミミは冷静な低い声で、

「新人の分際で出過ぎたことをしたかもしれません。ただ、エクセルはただの方眼紙ソフトではなく、計算機能があります。電卓で計算した結果を入力するという無駄を省くために、フォーマットを変えさせていただきました」
と言った。

「何よ。うちはずっとこうやってきたの。エクセルの計算式なんて信用できないじゃない!」
「慎重を期してらっしゃるのですね、責任感をお持ちの出杭さんがそうおっしゃるのは当然だと思います」
「それなら変更なんてやめて……」
「いえ、こちらをご覧いただけますか」

ミミはフォーマットを変更する前と後の計算にかかる時間や正答率の違い、ミスを防ぐための検算シートの用意などを説明する。フォーマット変更については社長や顧問にも念のため確認をとっており、新フォーマットの社内変更についても自分が責任を持って行うと言った。その説明はわかりやすく、誰も口もはさめないほど流暢で、いつの間か集まってきた他の社員もいいじゃないかとうなずいている。

「そんなの、私が許し……」
「いえ、こんな煩雑な計算のお仕事に、出杭さんの貴重なお時間を使うのはそもそもおかしかったんだと思います。新人である私がやりますね。出杭さんのお力はもっと高度なお仕事に振り向けるべきではないかと思います」
「な、何を……」
いつのまにか社員に混じって話を聞いていた内蔵も、
「驢馬くんそれいいねえ。ぜひやってみてくれないか。出杭くん、こちらは彼女にまかせようじゃないか。君にお願いしたい別の仕事があるんだよ」
とミミに賛同し、まだ何か言いたい様子の打代を社長室に連れていってくれた。

*    *    *


仕事帰りに「ほっこり弁当」に立ち寄ったミミとゆみが話している。
「ミミ、新しい会社にだいぶ慣れた?」
「うん、慣れてきた」
「長く勤められそう?」
「どうなんだろ」
「何か引っかかってるの?」
「仕事自体は問題ない。ただ、会社をよくしようといろいろ提案しているんだけどね」
「すごいじゃない」
「いや全然すごくないよ。改善提案しても3つに2つは却下されるんだ。成功率33%。エクセル改善はうまくいったんだけどね……」
「それすごいよ!新人の言うこと、聞いてくれる会社なかなかないよ?3割でもすごいと思う」
「そうなの?でも明らかに不合理だとみんなわかっていることでも変えようとしないんだよね。派遣社員が出しゃばりすぎって言う人もいるんだけどさ、明らかに変だとやっぱり変えたくなるじゃない……」
ゆみはミミの頭を引き寄せて撫でた。
「変化を受け入れるのは簡単じゃない。特に長年同じようにやってきた人たちにとってはね。でも、あなたが諦めなければ、きっと道は開けるはず。私も、あなたのお父さんを亡くした時、先が見えなくて何度も諦めそうになった。でも、あなたの笑顔を見るたびに、頑張ろうって思えたんだよ。それで踏ん張ってこの店を守ってきたの」
 ミミはゆみの目をますぐ見つめて、言った。
「そうだよね。うん。もうちょっと頑張ってみる」

*    *    *


翌日、ミミは今度は内蔵にとある提案をしてみた。もちろん自分のやるべき仕事は全部こなしてからである。

「社長、以前からお取引のある印刷会社に、サンプル付きの提案書を送ってみてはいかがでしょうか。うちの印刷品質の高さを知ってもらえば、今すぐではないかもしれませんが、別の仕事をもらえるかもしれません」

内蔵は渋い顔をしたが、「まあ、提案書を送るくらいなら」と渋々了承した。

ミミは早速提案書の作成に取り掛かった。彼女は科割社の強みを生かしつつ、新しいアイデアも盛り込んだ。打代は冷ややかな目で見ていたが、ミミは気にせず働き続けた。

提案書を送ってから数日後、印刷会社から返事があった。「提案に興味があります。詳しく話を聞かせてください」

ミミは内蔵に報告した。「社長、印刷会社から返事がありました。提案に興味を持ってくれたようです」

内蔵は驚いた。「本当か?」

この一件で、内蔵はミミの提案に耳を傾けるようになった。少しずつだが、変化の兆しが見え始めていた。しかし、打代の抵抗は依然根強く、ミミの挑戦はまだ続きそうだった。

第3回へ続く

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