50代のロールモデル 驢馬家ストーリー

60代のロールモデルって?【第3回】新たな一歩

全3回でロールモデルについてのストーリーをお届けしています。今回は第3回の最終回です。これまでのお話は第1回第2回からお読みください。

登場人物

比屈菜乃(ひくつなの):主人公。60代女性。若い頃は明るい性格だったが、結婚後専業主婦となり、夫が高圧的だったため、自己肯定感が下がり卑屈な性格になってしまった。自分が悪くないときにでもすぐ「すみません」と謝ってしまう。夫と死別し、東銀座の小さい弁当店「ほっこり弁当」でアルバイト勤めし始め、卑屈な性格も少しポジティブに変わってきた。

驢馬ゆみ(ろばゆみ):東銀座で小さい弁当店「ほっこり弁当」を営んでいる。夫と死別し、女手ひとつで一人娘を育てた。比屈と折賀の2人をアルバイトとして採用し、早朝の仕込みを手伝ってもらっている。2人のおかげで繁盛してきたので2号店出店も検討している。

驢馬ミミ(ろばみみ):ゆみの一人娘。派遣社員として印刷会社の科割社で働いている。たまに「ほっこり弁当」の仕事も手伝っている。

折賀斉衡(おれがさいこう):60代男性。「ほっこり弁当」でアルバイトとして働いている。すぐに大声を出してキレがちな高慢な性格だったが、ゆみや比屈のおかげで変わり、今では「ほっこり弁当」の行楽弁当やおせち料理などにオリジナルメニューを提案するなど、主戦力になっている。

ほっこり弁当の業績が回復して、またまったりと働けるようになったある日、ゆみの娘のミミが久しぶりにほっこり弁当を訪れた。ミミは以前よく手伝いに来ていたのだが、比屈と折賀が働くようになってからは、あまり店に顔を出さないようになっていた。

「比屈さん、お久しぶりでーす」
「あら、ミミちゃん!いらっしゃい!」
ミミはほっこり弁当の店内を見回すと、
「ポスターがまたすごくなってる!さすが比屈さん!」
と褒めた。ミミは、比屈がポスターに熱心に取り組んでいるのをゆみから聞いていたようだ。
「アイデアがすごいんだよねえ。独学なんでしょ?本当にすごいよ」
「いや自分だけで考えてるわけじゃ……」
「え?誰かにデザインを助けてもらってるの?」
「いえ、助けてもらってるというわけじゃないんだけど、考え方のヒントをもらってるの」
 比屈は、オンラインコミュニティで知り合ったデザイナーの女性について説明した。その女性は、40代でデザインの勉強を始め、50代後半の今、自分のデザイン事務所を運営している。そのデザインについての書き込みに比屈は感心して、よくコメントを付けていた。オンラインコミュニティがなくなってしまった今でも、彼女との間ではやりとりを続けている。
「ほら、このブログ見てみて」
比屈は自分の携帯で女性のブログにアクセスし、ミミに画面を見せる。
「あ、ブログでデザインについて発信している方なのね」
ミミはしばらく比屈の携帯を借りてブログ記事を見ていたが、急に改まった様子で、
「比屈さん、この方を紹介してもらえますか?」
と言い出した。

数日後、ミミはデザイナーの女性とオンラインでミーティングをした。比屈も同席する。
「ブログを拝見しました。プロのデザイナーでない人でもデザインを良くするためのコツがとても素敵です。うちの会社の勉強会で講師を務めていただけませんか?大規模なものじゃなくて、数人規模の小さな勉強会なんですが」
とミミ。
「私なんかでいいんですか?本当に?」
「もちろんです!うちの印刷会社のお客さん、小さい会社の方が多くて専任のデザイナーがいないそうなんです。それでもちらしやポスターのデザインをよくしたいと思っている方が多くて」
「それでしたら、お役に立てるかもしれません。私も以前は同じ立場でしたので。ぜひやらせてください」
「わあ、ありがとうございます。引き受けてもらえて良かったです。比屈さんもありがとう!」
「いえいえ」
比屈は、喜ぶ2人を見てとてもうれしくなった。自分自身が成長していくことももちろん大切だが、こうして人と人をつなげることで何か新しいものが生まれるのも楽しい。そこでふと思った。

(オンラインコミュニティ、閉鎖されちゃって残念だったけど、有志で集まるのはどうだろう?)
(前向きな人が多かったから、このままにしておくのはもったいないし)
(メールやLINEでつながっている人もいる。自分が声を掛けてみたら?)

卑屈な性格で、なかなか自分から新しいことを提案するのは難しいと思っていた比屈だが、その夜、勇気をふりしぼってメッセージを送ってみた。ちなみに最初に送信ボタンを押すまで迷いに迷って1時間くらいかかっている。

中には返信を寄越さない人もいたが、多くの人が比屈の提案に「それいい!」「自分ももったいないと思ってたんだ」と賛同してくれた。LINEのグループでやりとりをすることになり、小さいながらも新しいコミュニティが始動した。

比屈が書き込む。
「グループに参加してくれてありがとうございます」
すぐに返信がやってくる。
「いや比屈さんが呼びかけてくれて良かったよ」
「声かけするの勇気いるじゃない?比屈さんの勇気に感動しました」
「菜乃ちゃん、こちらでもよろしくね」

新しいコミュニティで一体何ができるのかはわからないし、主宰がいない中、問題が起こった場合にどうなってしまうかもわからない。それでも比屈は自分が主導して新しい場を生み出せたことをうれしく思った。

「閉鎖騒ぎのせいでお礼が言えていなかったんですが、みなさんがアドバイスしてくれたおかげでうちの職場の問題も解決できたんです。本当に助かりました。みなさんは私のロールモデルです」
比屈がそう書き込むと、
「菜乃ちゃんこそ私のロールモデルだよ、いつも謙虚にがんばっているところ見習ってるもん」
「私もそう思ってたー」
「そうだよね」
という声が上がる。
比屈は、つい、
「とんでもない!新参者の私にそんなこと。恐れ多いです」
と書いてしまう。
「新参とか古参とか関係ないよね。ついでに年齢とかも関係ないし。お互いいいとこ見習っていきましょうよ」
という返信がすぐやってくる。
「そう、そうですよね」
 比屈は画面をみながらうなずく。そして、お互い学びあえるこの場を大切に育てていこうと決意したのだった。

-50代のロールモデル, 驢馬家ストーリー