50代のロールモデル 驢馬家ストーリー

60代のロールモデルって?【第2回】思わぬ事件

全3回でロールモデルについてのストーリーをお届けしています。今回は2回目です。第1回はこちら

登場人物

比屈菜乃(ひくつなの):主人公。60代女性。若い頃は明るい性格だったが、結婚後専業主婦となり、夫が高圧的だったため、自己肯定感が下がり卑屈な性格になってしまった。自分が悪くないときにでもすぐ「すみません」と謝ってしまう。夫と死別し、東銀座の小さい弁当店「ほっこり弁当」でアルバイト勤めし始め、卑屈な性格も少しポジティブに変わってきた。

驢馬ゆみ(ろばゆみ):東銀座で小さい弁当店「ほっこり弁当」を営んでいる。夫と死別し、女手ひとつで一人娘を育てた。比屈と折賀の2人をアルバイトとして採用し、早朝の仕込みを手伝ってもらっている。2人のおかげで繁盛してきたので2号店出店も検討している。

驢馬ミミ(ろばみみ):ゆみの一人娘。派遣社員として印刷会社の科割社で働いている。たまに「ほっこり弁当」の仕事も手伝っている。

折賀斉衡(おれがさいこう):60代男性。「ほっこり弁当」でアルバイトとして働いている。すぐに大声を出してキレがちな高慢な性格だったが、ゆみや比屈のおかげで変わり、今では「ほっこり弁当」の行楽弁当やおせち料理などにオリジナルメニューを提案するなど、主戦力になっている。

比屈菜乃は、オンラインコミュニティでの交流を通じて、自分の可能性について考えるよことが増えていた。コミュニティのメンバーたちは、それぞれの経験を活かして新しいことにチャレンジしている。比屈も、「ほっこり弁当」でのいつもの仕事だけでなく、何か新しいことを始めたいと思い始めていた。

そんなある日、「ほっこり弁当」に衝撃的な出来事が起こった。常連客の一人が弁当を食べた後、急に体調を崩し、病院に運ばれたのだ。原因は、弁当に使われていた食材の中に、アレルギー物質が含まれていたことだった。

店主のゆみは、食材の仕入れ先を確認し、適切な表示がされていなかったことを突き止めた。しかし、この事件は「ほっこり弁当」の信頼を大きく揺るがすことになった。常連客の多くが足を遠のけたことで売上が急激に下がってしまい、2号店出店の話も立ち消えとなった。

ゆみは、事態の収拾に追われる日々を送ることになった。比屈と折賀も、必死にゆみを支えた。比屈は、自分にできることを考え、衛生管理についても学ぶことにした。

「ほっこり弁当」ではゆみが食品衛生責任者になっていたが、比屈は自分も知識を得ることでゆみの助けになりたいと感じたのだ。オンラインコミュニティのメンバーにもアドバイスを求めてみたところ、オンラインでも講習を受けられることを知り、受講することを決意した。

一方、折賀は、仕入れ先との交渉を行い、安全な食材の確保に奔走した。かつて自分が経営していた(そしてすぐ潰してしまった)こだわりのそば店でつきあいのあった仕入れ先にも頭を下げて取引のお願いをしたという。比屈はゆみと相談の上、店内に食材のアレルギー表示を分かりやすく掲示するなど、安全対策を強化した。

「いらっしゃいませ。ありがとうございます」
比屈は自分の声が明るくなってきたことに気づいた。事件から数週間が経ち、「ほっこり弁当」に少しずつ客足が戻り始めてきたからだ。

事件前には及ばないまでも、昼前には行列ができ始めている。客足が減った中でも通うのをやめなかった、近くの中小企業の社員たちが、ほっこり弁当の新しい対策について口コミで広めてくれたおかげもあった。

比屈はゆみと力を合わせ、店の衛生管理を徹底するようにし、同時に信頼回復のための情報発信も心がけた。折賀が新しい仕入れ先を開拓してくれたことで、安全でおいしい食材を確保することもできている。

事件は、比屈にさらなる決意をもたらした。自分が成長することで「ほっこり弁当」を支えていきたい。比屈はその夜、励ましてくれ、アドバイスまでくれたオンラインコミュニティの人たちにお礼を言おうとログインした。だが、その日は雰囲気が変だった。

いつもは活発な議論が行われているはずのフォーラムへの書き込みがまったくないのだ。比屈は、不思議に思い、特に仲良くしてくれていた同い年のメンバーにダイレクトメッセージを送ってみた。

「今日システムエラーか何か起きてるんですか?書き込みが全然ないように見えるんですが」
「あら菜乃ちゃん!知らないの?ニュース見てみてよ」
リンクが送られてきた。見ると、オンラインコミュニティを主宰しているキャリアコンサルタントが詐欺の疑いで逮捕されたというニュースだった。親しくなった人間に架空の投資話を持ちかけ、高額の出資金をだまし取っていたという。

「これ、本当なの?」
キャリアコンサルタントは確かにオンラインコミュニティを主宰していたが、本人はコミュニティに顔をあまり出しておらず、月に数回エッセイなどの投稿があるだけだった。そのため、もっぱらメンバー同士が交流する場になっており、比屈も主宰の投稿に熱心に目を通してはいたが、直接やりとりした経験はなかった。古参メンバーにダイレクトメッセージで尋ねてみることにする。

「ニュースを見ました。主宰は本当に詐欺を行っていたのでしょうか?」
「うーん、私たちにもわからないのよ。でも、主宰が投資の話しているの見たことないんだよね」
「そうなんですか?」
「そう。むしろお金に疎い人で、このコミュニティもずっと赤字続きでやっと黒字になったとかいう話だったよ」
「じゃあ逮捕は何かの間違いとか?」
「でも、最近なんだか上の空で、ここもほっとかれてたって事務局の人が言ってたから、何かはあったのかもしれない」
「そうなんですか……」

比屈はがっかりした。せっかく自分の成長を後押ししてくれる場ができたと思っていたのに、数ヶ月のうちにこんなことが起きてしまうなんて。ロールモデルとして尊敬していた主宰が逮捕されたこともショックだった。主宰が不在の中、オンラインコミュニティも数日のうちに閉鎖されることになってしまった。

「ほっこり弁当」の売り上げは回復していき、比屈の力も認められて、いろいろな仕事を任されるようになってきた。だが、比屈の心の中にはぽかんと大きな穴が開いたままの状態が続いた。

第3回

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