変われる自分になる 驢馬家ストーリー

変われない会社が変わった日【第1回】閉ざされた扉

今回より全3回で変われない会社、科割社(かわれしゃ)のストーリーをお届けします。

登場人物

驢馬ミミ(ろばみみ):科割社に新しく派遣されてきた派遣社員。
科割内蔵(かわれないぞう):零細企業の社長。人生のモットー:現状維持。変わりたくない。昔父親が新規事業参入で大赤字を背負ったのを見たのがトラウマになっている。
出杭打代(でるくいうつよ):科割社の古参社員。変わりたくない。これまで新しい提案をしてきた社員をいびって何人も辞めさせてきた。50代後半でもう転職も難しいと考えており、可能な限り科割社で長く勤めたいと思っている。自分の居場所がなくならないように、新しい提案をつぶしている。
驢馬ゆみ(ろばゆみ):ミミの母親。夫と死別し、女手ひとつでミミを育てた。科割社の近くで弁当屋を営んでいる。

東銀座の冬空は晴れ渡っているが、科割(かわれ)社はどんよりとした雰囲気に包まれていた。古い低層ビルの外壁には雨染みが目立ち、ヒビさえも入っている。かつては大勢の社員が出入りし、活気があふれていた社屋は、今ではひっそりと静まりかえって見る影もない。大手印刷会社の下請け零細企業として、なんとか息をしている状態だ。

社長室で、科割内蔵は今月の経営状況を示す資料を眺めていた。数字はどんどん悪化している。大手印刷会社からの発注量は減る一方だ。このままでは倒産は時間の問題かもしれない。内蔵は溜息をついた。そのとき、ドアがノックされ、
「社長、新しい派遣社員の方がいらっしゃってます」
という事務員の出杭の声がした。

「ああ、打合せスペースに通しなさい」
内蔵は返事をした。

ドアが開き、若い女性が入ってきた。少し緊張が見えるが、まっすぐにこちらを見てくる彼女を、内蔵はまぶしいと感じた。彼女は内蔵に一礼すると、自己紹介を始めた。
「初めまして、驢馬ミミと申します。今日から御社で働かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
凜とした声にややたじろぎながら、内蔵は頷いた。
「よろしく。早速だが、うちの会社の現状は厳しい。君には営業や経理など、いろいろな仕事を手伝ってもらうことになるだろう。大変だと思うが、頑張ってくれ」
「はい、精一杯頑張ります」
ミミは真剣な表情で答えた。

その様子を、出杭打代は事務室の机を拭きながら盗み聞いていた。いや、盗み聞かなくても、ボロ社屋の壁が薄いので、声の大きい社長の発言は常に社員にまるわかりだった。
「新入りが何人入ってきたって、どうせすぐに辞めるんだよ、こんな会社」
 出杭は独り言をつぶやいた。薄給な上に会社が傾いていて将来が見えないのに加え、彼女の当たりの強さによって新人はすぐ辞めてしまう状態だった。

とりわけ、会社の現状を変えようとするような「やる気のある」新入社員は打代がすぐさま追い出してきた。 小手先の変更くらいで救える状態ではないのだ。余計な仕事を増やしてほしくない。長年働いて築き上げた自分の居場所をいじられるのはごめんなのだ。

「今度の子は何日保つんだろうね、社長もいい加減諦めたら良いのに」
綺麗に拭き上げられた机を満足げに眺めながら、打代は不敵な笑みを浮かべた。

*    *    *


科割社からは通り1本隔てた、徒歩3分ほどの距離にある、「ほっこり弁当」は、小さな弁当店ではあるが、東銀座の一部の界隈でひそかに人気の手作り弁当店である。家庭的な味付けで盛りが良いのと、ひとりで店を切り盛りしている驢馬ゆみの接客が近場の会社員の好評を得ている。


「いらっしゃいませー。今日は日替わりの卵焼きがいつもより多めでおすすめですよー」
入店した常連客に明るく声を掛けるゆみだ。
「ゆみさん、どうしたの?今日いつもに増して声が明るいねえ」
「わかります?いや娘がね、今日から新しい会社で働き始めたんですよ。それがうれしくってねえ」
「がんばってるんだね。親としてはうれしいよね」
「そうなんですよ。私も負けてられないと思っているんです。はい、お茶と日替わりで630円ですね」


 ゆみは一人娘のミミを女手一つで育ててきた。ミミが新卒で入社してしまったブラック企業で心身ともにやられてしまい、家にしばらく引きこもっていたときもそっと見守っていた。やっと立ち直り、派遣社員ではあるが自分の意志で働き始めたミミを応援したい気持ちが大きい。
(ミミ、頑張ってるかな。あの子ならきっと大丈夫)
そう思うゆみだった。

*    *    *

ミミは科割社で働き始めてから、あれ、と思うことが多いことに気づいた。事務室は一見綺麗に掃除され片付けられているように見えるが、よく見ると、キャビネットの中には整理されていない書類の山があり、故障している機器はそのまま放置されており、誰も実態を把握していない非効率的な業務フローがまかり通っている。

「なぜすぐに改善できるようなことを誰も改善しないんだろう」と疑問に感じた。激務のために細かいところまで手が回らないという雰囲気でもなく、むしろ社内には常にまったりとした空気が流れている。そこで、ミミは以前働いていた会社での経験を活かし、業務改善に取り組み始めた。

最初は小さなことから始めた。書類の整理からだ。データのデジタル化にも取り組み、業務内容がわかってくるにつれ、マニュアルの作成も始めてみた。2~3週間も経った頃だろうか、自分のそういう小さな改善が楽しくなってきた頃、ミミは突然打代に怒鳴りつけられたのだ。

変わりたくない社長と変わりたくない古参社員しかいない科割社。
ミミは果たして、その変化の扉を開くことができるのだろうか。彼女の挑戦はまだ始まったばかりだった。

第2回へ続く

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