変われる自分になる 驢馬家ストーリー

変われない会社が変わった日【第3回】変化の芽生え

全3回で変われない会社、科割社(かわれしゃ)のストーリーをお届けしています。今回は第3回の最終回です。これまでのお話は第1回第2回からお読みください。

登場人物

驢馬ミミ(ろばみみ):科割社に新しく派遣されてきた派遣社員。
科割内蔵(かわれないぞう):零細企業の社長。人生のモットー:現状維持。変わりたくない。昔父親が新規事業参入で大赤字を背負ったのを見たのがトラウマになっている。
出杭打代(でるくいうつよ):科割社の古参社員。変わりたくない。これまで新しい提案をしてきた社員をいびって何人も辞めさせてきた。50代後半でもう転職も難しいと考えており、可能な限り科割社で長く勤めたいと思っている。自分の居場所がなくならないように、新しい提案をつぶしている。
驢馬ゆみ(ろばゆみ):ミミの母親。夫と死別し、女手ひとつでミミを育てた。科割社の近くで弁当屋を営んでいる。

印刷会社との商談は順調に進み、新たな取引が決まった。ミミの提案が実を結んだのだ。科割社の社員たちは、却下されてもあきらめずに新しい案を出してくるミミのことを少しずつ認め始めていた。

しかし、打代だけは依然としてミミに反発していた。
「ちょっとうまくいったからって調子に乗らないでよ。いつまた失敗するかわからないし」
打代はミミに冷たく言い放った。
ミミは負けじと言い返す。
「失敗を恐れていては、何も変えられません。小さな成功を積み重ねることが大切なんです」

ある日、内蔵はミミを社長室に呼んだ。
「驢馬くん、君の提案のおかげで、会社に良い変化が生まれているよ。くじけず提案を続けてくれて感謝している」
「社長、ありがとうございます。でも、まだ改善の余地があると思うんです。これからもがんばりますね」
内蔵は微笑んだ。
「正直、私も変わるのが怖かった。自分から動いて失敗するのが怖かったんだよ。仕事を回してくれる会社の言うことを聞いてただ現状維持さえしていれば、失敗することなんてないと思っていた。でも現状維持ではじり貧になるばかりだった。考えを変えたよ。君の頑張りに期待している。これからも科割社のために力を尽くしてくれ」
「はい、全力を尽くします!」

数日後、恒例行事のようになった打代とのやり合いの後、ふと打代がミミに言った。
「これまでいろいろ言ってきたけど、正直驢馬さんが来てから、会社、変わってきたんだよね、いい方向にね」
ミミはその言葉に驚いた。
「えっ、出杭さん、変化には絶対反対だったんじゃ?」
打代はふっと笑って、静かに言った。
「この会社、こんな感じで傾いているでしょ?だからあまり良い人入ってこなくて、いいところ見せようと大風呂敷広げるだけ広げてすぐやめちゃったりとか、新入社員に嫌な目に遭わされること多かったんだよね。そのたび古参が尻拭いしてさ」
「そうだったんですね……」
「あと、インターネットだオンラインだ新しいシステムだとか言われても自分みたいな古い人間にはついていけないから、変えられちゃったら、会社に居場所がなくなるってずっと思ってた」
「そのお気持ちは、わかります」
「でもね、驢馬さんが提案するアイデアね、みんな地に足がついているし、提案するだけじゃなくて、変更がちゃんと定着するまで最後まで面倒見てるでしょ?そういう感じの変化なら良いのかもって」
ミミは思わず打代に抱きついた。
「出杭さん、わかってくださっていたんですね!」
打代は顔を赤くしながら、
「こら、やめなさい!あんたの提案全部が良いって言ってるわけじゃないわよ、ただ、私も変えなきゃな、と思ってたこともあったから」
「いえ、本当にうれしいです!出杭さんに私の気持ちが伝わっていたことがわかったから!」
ミミは打代の手をとってその場でくるくると回りはじめた。
「やめなさい、ってば」
顔を赤くしながら小さく制止する打代が思いのほかかわいらしいらしく、他の社員も集まってきて笑顔で見守っている。ひとしきり打代と踊った後、ミミは、
「あーやる気出てきた!提案書書きまーす!」
と言ってすっきりした表情で自分の席に戻っていた。
「もう、浮かれちゃって」
文句を言いながらも打代もどこかうれしそうな顔で仕事に戻る。
事務室に打代の怒鳴り声が響くことはこの日以来なくなった。

こうして、科割社は変化の道を歩み始めた。ミミの提案で新規顧客が増え、業績は徐々に回復していった。社員たちも、変化を恐れるのではなく、前向きに受け入れるようになっていき、ミミ以外の社員からも改善提案が出るようになっていった。

驚くべきことに打代の適応力は本人が想像していたよりもずっと高く、今ではミミの助けを借りながらだが、苦手としていたパソコン作業にも取り組んでいる。「パソコンはどこかの生意気な新人とは違い、言うことを聞いてくれてかわいいから」だそうだ。週末にはパソコンスクールにも通い出したという。

 2ヶ月ほどが経ち、科割社は創業記念パーティーを開いた。内蔵は社員たちの前で、こう語った。
「先代であるうちの親父が新規事業参入で大赤字を背負ったのがトラウマになっていて、変わることがずっと怖かった。しかし、驢馬くんの提案で、変化の必要性に気づかされた。変化を受け入れ、前に進むことで、我が社は新たな一歩を踏み出すことができた。これからも、皆で力を合わせて、科割社の未来を切り拓いていこう」

社員たちは拍手で応えた。ミミと打代も、笑顔で拍手をしていた。

*    *    *


パーティーの後、ミミは「ほっこり弁当」に立ち寄った。
「お母さん、科割社が変わりはじめたのをやっと実感した。私だけじゃなくてみんなが積極的に提案してくれるようになったんだよ」
「みんなが関わってくれるところがうれしいよね、お母さんもうれしい。あなたの成長が見られて」
「いや私なんかまだまだです。もっともっと成長します!」
「はいはい。期待してるわよ」
「ところで、ほっこり弁当の社長様、御社は変化しないんですか」
「何それ、変化フリークなの?大丈夫、我が社は日々変化を続けております。新作おかずの試作品食べてみる?」
ゆみはミミの口の中に変わり卵焼きを放り込んだ。ミミは卵焼きをもぐもぐしながら笑みを浮かべる。

春がもうすぐやって来る。

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