カモにならない50代 驢馬家ストーリー

騙し騙され振り振られ【第3回】真実はひとつ……?

全3回でロマンス詐欺についてのストーリーをお届けしています。今回は第3回の最終回です。これまでのお話は第1回第2回からお読みください。

登場人物

折賀斉衡(おれがさいこう):60代男性。「ほっこり弁当」でアルバイトとして働いている。以前は高慢な性格だったが、「ほっこり弁当」の人たちの影響で変わった。行楽弁当やおせち料理などにオリジナルメニューを提案するなど、主戦力になっている。

驢馬ゆみ(ろばゆみ):東銀座で小さい弁当店「ほっこり弁当」を営んでいる。夫と死別し、女手ひとつで一人娘を育てた。比屈と折賀の2人をアルバイトとして採用し、早朝の仕込みを手伝ってもらっている。2人のおかげで繁盛してきたので2号店出店も検討している。

比屈菜乃(ひくつなの):60代女性。夫と死別し、東銀座の小さい弁当店「ほっこり弁当」でアルバイト勤め。以前は卑屈な性格だったが、ポジティブに変わった。

驢馬ミミ(ろばみみ):ゆみの一人娘。派遣社員として印刷会社の科割社で働いている。たまに「ほっこり弁当」に顔を出すことがある。

カフェに入ったゆみは驚いた。えみりこが泣いている。しかも号泣レベルで。カフェの中もそんなえみりこにざわついている様子だ。一方、えみりこの前に座っているスイス高級時計男はえみりこを冷ややかな目で見ている。カチコミ気分で乗り込んだミミや比屈も、ただならぬ雰囲気に虚を突かれて立ち止まった。

「泣いてもわめいても何も変わらないよ、君は詐欺師として捕まるだろうね」
「ひどい……あなたの指示通りにやったのに」
「指示なんてしてないよ、君が勝手に忖度したんでしょ?」
「あんな良い人を騙したくなんてなかった」
「大事なのはお気持ちじゃなくて行動なんだよ。金巻き上げといて騙したくなかったって?今さら何言ってんだ、馬鹿なのか」
「働いて返す。あんたとは縁を切る」
えみりこが立ち上がろうとすると、男は彼女の肩を押して強引に再度座らせる。
「毒を食らわば皿までだよ。最後に『学費』もらってこいよ、それで終わりにしてやるよ」

そこでミミは男に躍りかかった。一瞬遅れたが、比屈はえみりこをガードする。ゆみは携帯電話をかざしながら「警察呼びます!」と大きな声で男に宣言した。男は3人の女がいきなり自分に立ち向かってきたのに驚いたようだったが、周囲からも白い目を向けられていることに気づき、形勢不利だと悟ってか、カフェから大急ぎで出ていった。えみりこも何が起こったのかわからない様子だったが、比屈が「もう大丈夫ですから!」と抱きしめると、「どなたか存じませんが、ありがとうございます……、ってよくわからないんですが、ありがとうでいいんですよね」と少しほっとした表情を見せた。

*        *        *

ゆみはカフェの店員や他の客にお騒がせしたことを謝罪し、改めてケーキと紅茶を人数分注文して、えみりこ、比屈、ミミと一緒に席についた。えみりこから真実を話してもらおうとしたが、折賀も聞くべきだと思い直し、携帯で呼び出す。折賀もゆみがなぜえみりこと一緒にいるのかよくわからない様子だったが、まだ渋谷近辺にいたらしく、すぐに来ると答えた。

折賀の着席後、えみりこは丁寧に謝罪の意を述べた。そして事情を説明し始める。スイス高級時計男とは出会いサイトで出会い、付き合いはじめた。男は最初は隠していたが、えみりことの同棲を始めた後は、だんだん浪費癖や浮気癖をあらわにしてきた。男はサイコパス気質で、飴と鞭を使いわけるのがうまく、言葉巧みに借金返済のために風俗で働くことをえみりこに強要したのだという。

えみりこの家庭が複雑というのは事実で、誰にも相談できなかったえみりこは、ただ必死に拒否をした。すると、その代わりに折賀に近づくようほのめかされ、金を引っ張る方法について教えられた。インスタの開設も男の指示で(キラキラは嘘で、普段は質素な生活を送っているとのことだった)、最終的に折賀に正体をばらすためのものだった。えみりこは何度もやめたいと言ったが、その度に殴られるので、意を決して今日、人の目のあるカフェで話し合いをしたという。そして現在に至るというわけだった。三人組も尾行の顛末を折賀に説明する。折賀は少しあきれたようだったが、男を撃退できたということでゆみたちに礼を言った。

「ところで、なぜ騙す相手が折賀さんだったの?」とゆみがえみりこに尋ねると、
「私もよく知らないのですが、昔何かあったようで……よく『ざまあみろ』とか言ってました」
折賀はえみりこにスイス高級時計男の本名を尋ねる。それを聞くと合点がいったように
「あいつは昔、俺の部下だったんだ」とつぶやいた。
「折賀さんが潰した新橋のそば屋さんの?」と比屈。
「いやそば屋開業の前に長く勤めていた会社の方。やつは新卒で配属されたんだが、当時はまっすぐな奴で、ブラックな働き方に耐えられずに1年もしないうちに退職しちまった」
「そこからずっと恨まれてたってことなのかな」
「そうかもしれない、部下を守りきれない不甲斐ない上司だったから」
折賀はショックを受けた様子で言った。ただ、えみりこが、
「折賀さん、本当に申し訳ありませんでした。少しずつになるかと思いますが、必ずお金は返します」と言うと、
「お金はあいつの手に渡ってしまったんですよね?えみりこさんは返す必要ないですよ。自分でなんとかします。それよりあいつとちゃんと縁を切れますか?」と返した。
「大丈夫です、部屋を出る準備を進めてきたので。もう殴られたくありませんし」
「良かった」折賀はやさしい目でえみりこを見る。えみりこは、
「折賀さん、本当に優しい。私、折賀さんのこと、ずっと『こんな父親がいてくれたらな』と思っていました。ご迷惑をおかけしてしまったけれど」
「父親か」折賀は一瞬切なそうな表情をしたが、「光栄だな。えみりこさん、これからもくじけずがんばってね」と励ました。

*        *        *

「折賀さん最高だったよね」とゆみ。
「本当にかっこよかったです」と比屈。

えみりこ事件が起こってから「ほっこり弁当」での折賀の株は大いに上がった。折賀は、「若い子に騙されて振られただけなのに?」と最初は不服げだったが、「『光栄だな』にグッときた」と女性陣から絶賛され、まんざらでもない様子だ。

「でもあの時計男、要注意だよね。また折賀さんに攻撃してくるんじゃ?」
「対策考えているんで。ご心配なく」
「ならいいんだけどね。そうそう、今年のお盆にオードブル出したくて、相談させてほしいんだけど……」

東銀座の「ほっこり弁当」は今日も平和だった。明るい笑い声が店内に響く。客足も順調だ。ただその行く末に暗雲が立ちこめているとは、そのとき誰もまだ気づいていなかった。

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