全3回でロールモデルについてのストーリーをお届けしています。今回は第3回の最終回です。これまでのお話は第1回、第2回からお読みください。

ほっこり弁当の業績が回復して、またまったりと働けるようになったある日、ゆみの娘のミミが久しぶりにほっこり弁当を訪れた。ミミは以前よく手伝いに来ていたのだが、比屈と折賀が働くようになってからは、あまり店に顔を出さないようになっていた。
「比屈さん、お久しぶりでーす」
「あら、ミミちゃん!いらっしゃい!」
ミミはほっこり弁当の店内を見回すと、
「ポスターがまたすごくなってる!さすが比屈さん!」
と褒めた。ミミは、比屈がポスターに熱心に取り組んでいるのをゆみから聞いていたようだ。
「アイデアがすごいんだよねえ。独学なんでしょ?本当にすごいよ」
「いや自分だけで考えてるわけじゃ……」
「え?誰かにデザインを助けてもらってるの?」
「いえ、助けてもらってるというわけじゃないんだけど、考え方のヒントをもらってるの」
比屈は、オンラインコミュニティで知り合ったデザイナーの女性について説明した。その女性は、40代でデザインの勉強を始め、50代後半の今、自分のデザイン事務所を運営している。そのデザインについての書き込みに比屈は感心して、よくコメントを付けていた。オンラインコミュニティがなくなってしまった今でも、彼女との間ではやりとりを続けている。
「ほら、このブログ見てみて」
比屈は自分の携帯で女性のブログにアクセスし、ミミに画面を見せる。
「あ、ブログでデザインについて発信している方なのね」
ミミはしばらく比屈の携帯を借りてブログ記事を見ていたが、急に改まった様子で、
「比屈さん、この方を紹介してもらえますか?」
と言い出した。
数日後、ミミはデザイナーの女性とオンラインでミーティングをした。比屈も同席する。
「ブログを拝見しました。プロのデザイナーでない人でもデザインを良くするためのコツがとても素敵です。うちの会社の勉強会で講師を務めていただけませんか?大規模なものじゃなくて、数人規模の小さな勉強会なんですが」
とミミ。
「私なんかでいいんですか?本当に?」
「もちろんです!うちの印刷会社のお客さん、小さい会社の方が多くて専任のデザイナーがいないそうなんです。それでもちらしやポスターのデザインをよくしたいと思っている方が多くて」
「それでしたら、お役に立てるかもしれません。私も以前は同じ立場でしたので。ぜひやらせてください」
「わあ、ありがとうございます。引き受けてもらえて良かったです。比屈さんもありがとう!」
「いえいえ」
比屈は、喜ぶ2人を見てとてもうれしくなった。自分自身が成長していくことももちろん大切だが、こうして人と人をつなげることで何か新しいものが生まれるのも楽しい。そこでふと思った。
(オンラインコミュニティ、閉鎖されちゃって残念だったけど、有志で集まるのはどうだろう?)
(前向きな人が多かったから、このままにしておくのはもったいないし)
(メールやLINEでつながっている人もいる。自分が声を掛けてみたら?)
卑屈な性格で、なかなか自分から新しいことを提案するのは難しいと思っていた比屈だが、その夜、勇気をふりしぼってメッセージを送ってみた。ちなみに最初に送信ボタンを押すまで迷いに迷って1時間くらいかかっている。
中には返信を寄越さない人もいたが、多くの人が比屈の提案に「それいい!」「自分ももったいないと思ってたんだ」と賛同してくれた。LINEのグループでやりとりをすることになり、小さいながらも新しいコミュニティが始動した。
比屈が書き込む。
「グループに参加してくれてありがとうございます」
すぐに返信がやってくる。
「いや比屈さんが呼びかけてくれて良かったよ」
「声かけするの勇気いるじゃない?比屈さんの勇気に感動しました」
「菜乃ちゃん、こちらでもよろしくね」
新しいコミュニティで一体何ができるのかはわからないし、主宰がいない中、問題が起こった場合にどうなってしまうかもわからない。それでも比屈は自分が主導して新しい場を生み出せたことをうれしく思った。
「閉鎖騒ぎのせいでお礼が言えていなかったんですが、みなさんがアドバイスしてくれたおかげでうちの職場の問題も解決できたんです。本当に助かりました。みなさんは私のロールモデルです」
比屈がそう書き込むと、
「菜乃ちゃんこそ私のロールモデルだよ、いつも謙虚にがんばっているところ見習ってるもん」
「私もそう思ってたー」
「そうだよね」
という声が上がる。
比屈は、つい、
「とんでもない!新参者の私にそんなこと。恐れ多いです」
と書いてしまう。
「新参とか古参とか関係ないよね。ついでに年齢とかも関係ないし。お互いいいとこ見習っていきましょうよ」
という返信がすぐやってくる。
「そう、そうですよね」
比屈は画面をみながらうなずく。そして、お互い学びあえるこの場を大切に育てていこうと決意したのだった。